チャイナ・ミエヴィル『ジェイクをさがして』
『ペルディード・ストリート・ステーション』のチャイナ・ミエヴィルの短編集。
筆者のもとに誤配された封書。誤って開けてしまったなかに書かれていた様々な書類の断片から次第に明らかになる「ロンドンにおける”ある出来事”の報告」が個人的にはベスト。ネタ自体はほかの作家が描いていてもおかしくはないようなものだが、その場合はある種のロマンチズムが漂う作品になりそうなものだ。それがこの緊迫感をともなって描かれるのがミエヴィルの持ち味だろう。ほんとうに素晴らしい。本編はSFマガジンでも読んでいたけど、改めて読んでも面白い。
もうひとつ「ある医学百科事典の一項目」も個人的には好み。タイトル通り医学百科事典の一項目という体裁で奇妙な病気の来歴や歴史を描くというだけの作品ではあるのだが、こういう体裁の作品というのが好きなのは俺の趣味なのでこれはもう申し訳ありませんね。「あの季節がやってきた」は一言で言ってしまうとクリスマスものなのだけど、凡百のクリスマスとは一線を画す。その一線の画し方がミエヴィルらしい。こんな™にあふれた小説は初めてみた。
日用品にまぎれて様々な指令が下され、その背後の巨大な陰謀を感じる「仲介者」もよかった。この作品もそうだが、本書に収録された作品には、日常にひそむ奇妙なものとの遭遇といったストーリーが多く、それがまた主人公の妄想なのか本当のことなのか判別しづらい、といった作品が多く収録されている。上で紹介した「ロンドンにおける”ある出来事”の報告」もその系列だろう。
牧眞司さんは表題作の「ジェイクをさがして」をしてバラードの破滅三部作を引き合いに出していて、なるほどそういう意味ではニューウェーヴ的な作風なのかもしれない、などと思ってしまって、結局どれもそのように読んでしまった。「ジェイクをさがして」では、破滅したロンドンをさまよいながら、ロンドンがなぜ、どんなふうに破滅したのかについては一切触れない。ジェイクをさがしてロンドンをさまよい、それによって世界とのつながりを回復する。「仲介者」では世界はわれわれの日常と変わりないが、主人公は世界と断絶しており、誰からとも知れない指令によって主人公は世界とのつながりを取り戻す。主人公が目撃する災厄や悲劇はインナースペースなのかもしれない。
……ってのは牽強付会が過ぎるか。いずれにせよ、現実と隣接する異界となんらかのかたちで接触し、現実が侵食されていくタイプの物語が本書には多く収録されている。それが恐ろしい異界であればホラーになるし、さほどでもなければSFと呼ばれるのだろう。いずれにせよ、主人公はどちらかといえばもとの世界とのつながりは希薄で、異界のほうにこそ親和性があるような気がするのは気のせいだろうか?