ヴィクトル・ペレーヴィン『宇宙飛行士オモン・ラー』
うすよごれた地上の現実がいやになったら宇宙に飛び出そう!
子供の頃から月にあこがれて宇宙飛行士になったソ連の若者オモンに下された命令は、帰ることのできない月への特攻飛行!
アメリカのアポロが着陸したのが月の表なら、ソ連のオモンは月の裏側を目指す。宇宙開発の競争なんてどうせ人間の妄想の産物にすぎないのさ!? だからロケットで月に行った英雄はいまも必死に自転車をこぎつづけてる!
ロシアのベストセラー作家ペレーヴィンが描く地上のスペース・ファンタジー。
ペレーヴィンの作品はどれもそうだから、本作にも寓意が込められていると思う。だがその寓意を真剣に読み取る必要は、この本の場合そんなに必要ない。宇宙飛行士が必死になって無人機のはずの自転車をこぐというシュールな光景だけでそうとうおかしい。そこがいい。
そのシュールな光景をいろどり、補強するディティールがいい。ロケットの一段目を担当する宇宙飛行士の話とか。ピンク・フロイドの音楽についてひとしきり盛り上がるところとか。宇宙飛行士訓練学校の教官の妙に理不尽なところとか。ソ連の理不尽な命令、というのは一種の定番ギャグと化しているが、それをきっちりとなぞっている。
ある一行が火星に向かって飛んでいたんだ。丸窓から向こうをのぞくと、ようやくそばまで来たことがわかった。そしてふと振り返ると、全身赤ずくめの小柄な男が厚刃のナイフ片手に立っていて一言、「どうされました、ソヴィエトから出るおつもりですか?」
エピソードはユーモラスで、全体は乾いた笑いで覆われている。ところが主人公も含めて全員が全員、いやに生真面目なのだからよけいおかしい。
本作には印象的な単語やモチーフが繰り返し登場したり、わかりやすい寓意のヒントみたいなものが込められている。深読みするならそういうところをつつくことで深読みもできると思うけど、今の段階ではわたしはそこまで到達していない。そういったことは解説にも書かれているから、そちらでいいのでは、という気がする。
ペレーヴィンの作品でいうと僕は『恐怖の兜』が好きで、あれもシュールな笑いに包まれた作品だった。『チャパーエフと空虚』はちょっとピンと来なかった。チャパーエフという歴史上の人物をよく知らないという問題もあるにせよ、おそらくたぶん、そういう笑いとは無縁の物語だったからだろう(『虫の生活』と『眠れ』は未読)。というわけなので、自分が作者の意図した読み方をしてるのかはよくわからないというか、たぶん思いきり外している。でもやっぱり、このユーモア感覚はやはり好きだな。
たぶんモンティ・パイソンとかが好きな人は好きだと思います。
おっしゃるとおり。抱腹絶倒の傑作ですよね。
ぼくが気に入っている箇所は、地球から「バックしろ」と指令されて、オモンが「後ろに移動することはできません。ペダルの逆回転はブレーキです」と答えるくだり。司令官は「まったく……設計長に言っておいたのに」と舌打ち。ここは妙に笑いました。
あと、月面走行車はアメリカさんをびびらせるために、虚仮威しの飾りがいろいろついている。たとえば、上部の蓋には細かい刻み目が走っているのだけど、これは特別につけたのではなく、流用した地下鉄の部品にもともとあったってとこも、すごく可笑しい。かっこいいSFイラストの宇宙船にも、よく意味不明のラインがついていたりするよね。