where programming language matters

This entry was posted by on Tuesday, 2 March, 2010

すっかり遅くなったけど、この辺の話題

で、俺にはShiroさんの文章はあまり説得力を感じない。というか、俺はShiroさんのLispへの愛を感じた。Lispで仕事をしたいと思うなら、そういう環境がないと嘆くのではなく、積極的に探すなり、作り出すなりするべきだという主張だと受け取った。そうである以上、ここで書かれたLispの強みなるものも結局はShiroさんの感じたところであり、個人的なものにならざるをえない。それはあまり他人が納得できるものではないし、納得してもしょうがないものだ。

ただ、やっぱ、俺はプログラミング言語には興味がないので、それはもう前提からして違うなと思いました。

俺は「Lispの仕事をしたい」とか「Haskellの仕事をしたい」とかいったような、プログラミング言語で仕事をえらんだことはないですね。興味のあるところはプログラミングによって何をするかであり、それはたとえばIMEを作るにはどういう要素技術が必要でどういうことをする必要があるかとか、そういうことになるかと思ってる。結果的にLispが最善の環境になったらLispはやるだろうし、それだけのことでは、というのが正直なところ。つまりまとめてしまうと「first priorityの前提が違いますね」というだけの話なわけですが、みんなそこまでプログラミング言語が第一なのかなぁ。それは「機会を狭めている」し「もったいない」とやっぱり思ってしまうけど。

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それはそれとして、これはすでにバズってたんだけど、JVMに対する感じ方にも違いがあるなと思いました。JVMはそれなりのプラットフォームとして確立した感じがある。ほかのVMと比べて普及もしているし、いろんなノウハウも蓄積しているしね。まー10年後とか20年後はしらんけど、しばらくこの情勢は続くんじゃないだろうか。

でね、JVMが普及して、プラットフォームとして確立しているとします。たとえば、ウェブアプリを書くならAppEngineは相当楽で、AppEngineだったらPythonかJavaなわけですよね。そういう業界を考えると、最終的にバイトコードに落ちるのであれば、もとはどんな言語で書いてもいいのではと思っています。極端に言えばメンバー全員が違う言語で書いたっていい……そりゃあコードレビューとかもろもろの点で普通にアウトだけど、極論を言えばそうなる。

つまり、足回りの部分が共有され、インターオペラビリティが確保されることで、プログラミング言語を選ぶ自由度はむしろ増していて、だからこそClojureやScalaのような言語には大きなチャンスが広がっているのではないかと、そんなことを最近は考えています。

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