アレステア・レナルズ『火星の長城』

This entry was posted by on Friday, 7 September, 2007

火星の長城

だからさあ、オレは『啓示空間』が出たころから「レナルズは短編は面白いけど長編はだめだよね」って言ってきたわけですよ。ってそんな勝ち誇るほどではないのだけれど(というか当時から短編も既読の人はたいがい似たようなことを言ってたかも)。

あまりのブ厚さに多くのSF者がド肝を抜かれ、そしてけっこう多くの者が挫折した『啓示空間』という本の著者がアレステア・レナルズだ。『啓示空間』には同一世界観の作品があり、そのひとつが『カズムシティ』というタイトルで刊行されている(原書ではもっといっぱいある)。本作『火星の長城』もそれらと世界観を同じくするシリーズの短編集だ。ちなみに本書に掲げられたシリーズタイトル《レヴェレーション・スペース》ってのは『啓示空間』の原題 Revelation Space のことだね(英米でもこのタイトルがシリーズ名にも使われているようだ)。

原書では一冊の短編集に2冊の中編が発表されているものを作品内の歴史順に並べなおし、二分冊として編みなおした一冊目が本書。続いて『銀河北極』と題した短編集が刊行予定らしい。

で、最初の段落にもどる。

レナルズは物凄い小説巧者というわけではない。といってもけなすつもりがあるわけじゃなく、そんなにヘタなわけじゃない。実は『啓示空間』もオチまで読んだらけっこう面白かったし『カズムシティ』だって部分部分がそんなにひどいわけじゃないんだ。読むに耐えないというわけじゃない。

ただまあ、基本的には一本調子というか、なぜこんなに長いのかわけもわからないまま金太郎飴のように長い。だから読んでいて疲弊してしまう。けれども短編ならそういうこともなく、ちょうどいいところでちょうどよく終わってくれる。だから本書はいろんな読者にかなりオススメ。シリーズのファンという奇特な人はもとより、『カズムシティ』はさすがに挫折したという人にも、シリーズなんてぜんぜん読んでませんという人にも安心して勧められる作品になっています。

ところで、べつに驚くようなことでもないけどレナルズのベースはわりと伝統的なSFだ。意匠として、集合的意識を芽生えさせてしまった「連接脳派」とか行き過ぎた身体改造を行う「ウルトラ属」とかヘンな連中がいっぱい出てくるけれど(『啓示空間』でも、尺八でブン殴る虚無僧とか、いつも水槽のなかで生活をしている水棲人とか、そういう謎のコネタが一杯あって楽しい。ま、だから長いのだが)、それにしたところで物凄いヴィジョンというわけじゃなくて、あくまでも楽しいコネタなわけだ。そして、そういう部分を剥ぎとってしまえばさらにふつうの話になる。「火星の長城」は迫害された者たちの脱出、「氷河」は来訪した惑星の謎の解明、「エウロパのスパイ」は内惑星連合からのスパイがエウロパに潜入するエスピオナージもの、「ウェザー」なら交流不可能な異種族間の心の交流ってところか。

でもまあ、やっぱり読めば面白いわけだし、そういう一言では簡単に済ませづらいところもある。オチはわかっていても「氷河」みたいな話はオレは好きだし、「エウロパのスパイ」もけっこう好きだ。どの作品もわりと高い水準で安定していると思う。いやあ、よく出来た短編集なので二冊目も楽しみです。

それから、S-Fマガジンで読んだときにはけっこう間に時間があったのでそれほど感じ入らなかったのだが、こうして続けて「火星の長城」と「氷河」を読むと意外にもぐっとくる。そういう話でもあるのだなあ。

……

と、いうことでもいいんだけど。

本書で読んでて一番印象に残ったのはしかし、おおよそ全体の3分の1ほどを占める中編「ダイヤモンドの犬」。死んだと思っていた旧友と再開した主人公は一筋縄ではいかないメンバーとともに、とある惑星に発見された塔に挑む。この塔というのは、おそらく現存しない異星人のもので、内部はいくつもの部屋に分かれている。下から入っていくと一室ごとに数学の問題が提示されてはそれを解くことで登っていくというものだったが……(むろん失敗したら死の制裁)という話。

いったい塔とは何で、異星人は何が目的でこんなものを作り、旧友はなぜこの塔の征服を目指しているか?という謎があるのだが、どちらかといえばそんなことよりも塔の難問や制裁に対応していくために身体改造が進行していくあたりの描写や、「なんだかよくわからないモノに何故わざわざ挑むのか?」というあたりがメインなのだな。そういうあたり、「伝統的なSF」のお作法からはけっこう外れていて、わけのわからない魅力をちょっと感じた。

まあ、いずれにせよ、やっぱり短編を読めば読むほど「レナルズは短編だけ書いていればいいんじゃないかなあ」と嘆息せざるをえない短編集でありましたよ。

Comments are closed.