ラリー・ジョンソン『人体冷凍』

This entry was posted by on Wednesday, 20 July, 2011

人体冷凍  不死販売財団の恐怖

僕と同年代の人は覚えている人も多いと思うけど、そういえば昔、アメリカ横断ウルトラクイズの優勝商品が冷凍睡眠の権利だったことがあるよね。コールドスリープといえばSFの定番テクノロジーだけど、現実にそういうことをする団体がいるぐらいには技術があって、そういうことをする団体があるのだ、という事実にしびれた。

で、本書はそうした(あの団体が何者だったかは覚えてないし資料もないのでわからないが)団体の杜撰な実態を描く暴露本である。「2010年、講談社で一番「怖い」本だと思います。(担当・談)」というのは誇張でもなんでもない、まじで結構怖い。あとグロい。

本書で扱う「アルコー延命財団」というのはこんな団体だ。今この時代になくなってしまった人でも、いつの日か未来に、復活させるだけの技術が整う日が来る。その日まで遺体(というか「人生の第一サイクル」を終えた人)を冷凍保存しておく……。まあなんか、聞いたことありますよねそういうSF設定。そんな団体がアメリカには実在する(しかもいくつかある)らしい。主人公は25年間救急救命士として働き続け、バーンアウトして新しい仕事を探しているときにたまたまこの団体を見つけ、就職することになる。ところがどんどん見つかるずさんな実態、やばい疑惑……そうしてついに告発を始める。

杜撰な実態は本書を読むに限るが、例えば遺体の処理。手続きの不手際で遺体が腐敗し始めていたりする。あと、遺体の頭部を切り落とし、頭部だけを保存する(未来には体を復活させる技術があるのに期待するらしい)という話があるのだが、この遺体処理の原始的なこと(のみで叩いて頚椎を砕く)。凍結時に血液が残っていると水分が膨張して脳細胞を破壊してしまうので、ある種の薬品と血液を交換するのだが、その技術が未熟で血が抜けきれてない気がする。第一、冷凍すると頭部や脳にヒビが入るらしい。そういうヒビも未来には解決可能だろうと……。

一事が万事こんな調子。はじめに主人公が見学に行く時、用意されている薬品類が全部期限切れになっていたというからふるっている。主人公は戸惑ってこう思う。「これでいいのか? でも投与する相手はもう死んでいるから……」他にも、排出された血液や化学物質をそのへんにたれ流しているといった処理の問題、というか施設全体が妙に汚いなど、なんか色々大変だ。

告発の内容は3つ。ひとつは上で書いた、術後の薬品の処理。だけどこれは主人公の告発後にちょうど処置がなかったため、証拠不十分となった。もう一つは、野球選手テッド・ウィリアムズが冷凍保存されているのだが、生前に本人からの希望なしに冷凍保存に踏み切ってしまったこと、またその遺体の処置が問題があること。それから、患者が死亡するまえに毒を投与して殺して冷凍処置をしてしまったことがある(!)という疑惑。

こうした告発をしてしまった結果、主人公とその奥さんは彼らから追われ、脅迫され、命を狙われるまでになってしまうのである。

読むと、アルコーの関係者というのがほとんどカルト集団に思えてくる。アルコーの中の人はどれもエキセントリックな個性の持ち主として描かれているが、比較的まともなチャールズでさえ、やはり変だ。SARSが話題の頃に、感染の恐怖から家(アメリカのアリゾナ州にある)から出られなくなり、主人公を呼びつけるくだりや、どう考えてもこんな冷凍保存で復活させられるとは思えないという主人公に対して「でも火葬したら可能性はゼロですよね、この方法なら、可能性はゼロではない」とのたまう。

ようはこれは最後の審判の後の復活の考え方なのではないか。あ、もちろんキリスト教がそうだという話ではなくて、カルトがそういう思想をバックグラウンドにむちゃくちゃな主張を押し付けようとしている、ということである。ご丁寧に、関係者にはカルト宗教のコミューンの運営者までいる。

ところでSF読者のとって微妙なのは、上で言及したチャールズという人物が、実は『フリーゾーン大混戦』などの訳書もあるSF作家、チャールズ・プラットだということ。アルコーの支援者の筆頭にはグレゴリイ・ベンフォードもおり、アルコーの会員にはSFファンが多いという指摘もあってモニョる。現実とフィクションの区別がつかなくなってしまうと不幸だ……。

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