鈴木先生
11巻で完結。らしい完結だったと思います。
しかし、なんというか、面白いのは、この作品そのものあり方よりもむしろ、この作品の評価の移り変わりではないか、なんてことを思うのです。
1巻の当初は、「クラスメイトが食事中にげりみそとか言う」といった小さな悩みと、そこに潜む本質的な問題を鈴木先生が見出し、解決策を模索するスタイルとの間のギャップ、内容のわりにやたらに濃い画風で大仰な演出、そういったものをむしろ嗤い、おかしみを感じている感じのものが多かったような印象がある。だが、もう少しシリアスで大きな問題を扱っていくうちに、いつの間にかそういう声は小さくなり、本気で鈴木先生の指導に唸り、あるいは感動し、もしくは、よく考えると気づく欺瞞や口のうまさを指摘する。そんなタイプの感想が増えている印象がある。巻末の解説も、そういう移り変わりを示しているようだ。
実は、作者のやっていることは1巻からあまりブレがない。時として「その展開は、ねーだろ!」という超展開があるところも含めて、これは意図的にこういう話なのだと思う。変わったのは周囲のファン層だ。こういうのを見ると、長く続けてさえいれば不支持のものは去り、いつの間にか肯定するファンに囲まれるようになるのかもしれないと思う。ネットで成功するのはやめない人である、とはこういうことであるか……。ともあれ、このことに意識的でないと、読み進めていくうちにうっかり自分もまた、鈴木式の教授法に惑わされ、唸らされてしまったりするので注意が必要だ。いや、べつだん注意するようなものでもないが。
個人的なベストエピソードは、足子先生が壊れてしまう7巻の「足子崩壊」。もともと目をスクリーントーン一色で塗りつぶされて不穏な雰囲気のあったキャラクターではありましたが(あとでわかったけどこの「目をトーンで塗りつぶす」という表現はこの作者なりのある種の心理状態のあらわれ)、このエピソードにいたってもはや人間の形相を越え、よくわからない構えで教員たちを威嚇する足子先生の絵面がたいへんおそろしい。