五十嵐大介『SARU』上下
これはすごく良かった。『魔女』のシリーズを連想させるタイプの作品。
ノストラダムスの予言したアンゴルモアの大王。「しかし……実際には何も起きなかった……」「違うのだよ。何も起きなかったのではない……我々が起こさせなかったのだ」
世界各地で起こる異変の数々。それは、あるときはハルマンタと呼ばれ、あるときはトラロック、トゥニアクルク、ドゥナエー、「内蔵を晒すもの」、ハヌマーン、トート、ヘルメス、そして斉天大聖孫悟空とも呼ばれる猿のような形態の超存在に関わっている。フランス・アングレームの地下に眠る「猿」。キリスト教を中心に世界各地の魔術師たちが連携した封魔の法が破られつつあるいま、人類存亡の危機が迫るのだが……。
物語も面白いが、やはり圧倒的な画力がすごい。といっても、五十嵐大介の絵はどちらかといえば素朴な漫画っぽいシンプルな描線で、細かい線でいっぱい書き込むような、いろんなトーンで塗り分けるような、わかりやすい「画力」とは少し違う。だけどこの絵は自然や日常風景とも、超常的な表現とも相性がよく、自然や日常的な風景と超常的な場面がシームレスに繋がる。なんでもない情景がふと異世界となる、このまんがのこの独特の空気は、この絵柄があってこそだろう。下巻で何度か炸裂する大魔術は超かっこいい。
また物語の設定的に面白いのは、キリスト教が積極的に関わってくるところかもしれない。『魔女』の作品もそうだが、この手の作品では通常、各地に残された土着のシャーマニズム的な感性が正しく、キリスト教はそういったものの見方を捨てた、魔術と対立する科学に属する思想とみなされることが多い気がする。この作品のコアもあくまでも猿であり孫悟空なので、キリスト教はあまり関係がないはずだが、どちらかといえば「主人公側」として活動している。
主人公格のひとりである奈々についても、この人がなんでここにいるのだろう、何の伏線なんだろうと思いながら読み進めることになるのだが、こういうふうにオチを付けるとは思っておらず、意外性があって良かったかな。
上と下の間が予想以上にあきましたが(3ヶ月の予定が半年)、待ったかいのあった傑作でした。