ニール・ゲイマン『壊れやすいもの』
ニール・ゲイマンといえば、『サンドマン』で有名なコミック原作者であると同時に、『アメリカン・ゴッズ』や『アナンシの血脈』、『コララインとボタンの魔女』などファンタジイの佳作を多く発表している多才な作家だ。とにかく多才というか、器用な作家だなというのが個人的な印象で、読んでいるとおそらくどんな雰囲気の作品でもものにできてしまうのではないか、とさえ思えてしまう。そのゲイマンの器用さが存分に発揮されたのがこの短編集『壊れやすいもの』だ。
詩やショートショートとでもいうべき長さの掌編、短編など総勢31編もの作品が収録されている上に、それぞれに趣向や雰囲気が異なるので、ゲイマンの多才さを知るにはうってつけ。読めばどれか一つは気に入る作品が見つかるんじゃないかと思う。加えて、SFマガジンなどにのみ訳出されていたものも今回かなり収録されているのはポイント高い。おすすめ。
以下、個人的に気に入った作品をいくつか紹介する。
翠色(エメラルド)の習作
もともと「シャーロック・ホームズとラヴクラフトもの」というテーマのアンソロジーのために書かれた短編で、よみがえった旧支配者に支配されるロンドンで顧問探偵を努める例の人物を、同居人の視点から描いた作品。っていうかしかしすごいテーマのアンソロジーもあったものだと思うが、その要求を完璧にこなしている。しかもそれにとどまるだけでなく、「あっ」と言わせるような意表を突くどんでん返しが最後にある点も素晴らしい。
閉店時間
酒場で全然知らない人間に話しかけられて、そこから驚くべきストーリーが語られる、というありがちな枠組みの掌編。どちらかというと民話のような、不思議なだけで意味やオチが語られない奇妙な話だが、外側の語りの使い方が上手くて不思議な余韻を残すことに成功している。
苦いコーヒー
無職でとくにやる気のない男が、ひょんなことから人類学の学会にもぐりこんで発表するはめになるという話。この学会の描写がケッサクで、権威もへったくれもあったもんじゃない雰囲気がくだらない。全体的な雰囲気は若干暗く、幻想なのか妄想なのかわからないようなところはケリー・リンクなどの作品に近く、好み。
スーザンの問題
ナルニア国物語は小学生のときに読んだ。キリスト教的な隠喩なんて全然気付かなかった鈍感な子供だったので、ごく普通に楽しんで読み、当然のように『さいごの戦い』の結末はショックだった。この作品は、さいごの戦いにひとり残されたスーザンの問題について小説のかたちをとって考察する。ナルニア国を最後まで読んでいたならおすすめしたい。
食う者、食わせる者
街で偶然出会った昔の知り合いは、見る陰もなく変貌していた……というところから始まる怪異譚。こういうのは怪異の表現の仕方がキモだと思うが、この作品では敢えてそこを明確に書かずに周辺を描くことで効果を上げている。
サンバード
富豪たちで構成される美食クラブの面々。もう何もかも食べ尽くしてしまったのだろうか、と相談をする。ついに美食クラブも解散なのだろうか、これ以上食べるべき珍味がないという意味で。そこで提案されるのはサンシティのサンバード。サンバードを捉え、食べるべくエジプトに向かうが……。ラファティらしい語り口は大変に完成度が高い、ユーモラスな快作。
ちなみに、詩は正直いってよくわからないのだが、収録されている中では「円盤がきた日」が良いと思った。