コリイ・ドクトロウ『Little Brother』(読了)
読み終えました。うーん、まあ、なんだ、いい本だったよ。オレが小説に求めるのとは違う目的をもった小説だったけど、うん、よく書けているよな。
個人的な評価が微妙なのは、ブルース・シュナイアーの本……というか先日も挙げたけど『セキュリティはなぜやぶられたのか』と同じテーマの本なのだけど(それにしても何度見てもサイテーの邦題だな)、でもそれならシュナイアーの本を読みゃいいんじゃないかなあ(小説であるという必然性がわからない)というあたり。もっとも、それを読めばいいじゃん、というよりはそこに至るまでの入口としてこの本が位置付けられるのかもしれない(実際あとがきでは、もっとこの内容を学びたい人に、としてまさにそのシュナイアーの本が挙げられていた)。ベイジアンフィルタとか公開鍵暗号とかの基本的な仕組みというか考え方をきっちり説明するというのも、そういったトピックへの導入という目的が念頭にあるのだろう。そういう視点でよく書けている。
それに、小説としてもべつに完成度が低いわけではない。ただなんというか……オレにとっては必要なものではなかったかな。内容が極めて政治的な小説で、本質的にはたとえば小川隆は高く評価しそうな気がする。
主人公は17歳の少年マーカス・ヤーロウ。彼は "w1n5t0n" というハンドルでオンラインゲームをやっていた。今日も何やらイベントがあるという噂を聞きつけ、学校をフケて仲間とサンフランシスコの街中に出てみたが、そこでテロに遭遇する。テログループがベイブリッジを爆破したらしい。仲間の一人が怪我をしたため助けを呼ぼうと車を止めたところ、それが国家安全保証省の部隊のもので、なんと主人公たちはテロ容疑者として収監されてしまう。いろいろあって放免された主人公は、テロ後に状況が一変したことを知る。第二愛国法が制定され、テロとの戦いのためと称してインターネットの盗聴や学校の授業の監視、列車や交通における個人の追跡など、様々な面でプライバシーが失なわれる(たとえば「不自然」な列車の乗り方をすると警察に追跡されて職務質問されるとか、そういう感じ)。マーカスは暗号通信をベースにした自由なネットワークをつくりあげ、広めることでこれに対抗するが……というのが基本的な粗筋。
こうした「テロとの戦い」という反論しづらい名目に対する危うさや、盗聴や検閲という問題に対する切実さ北米大陸と日本ではだいぶ違うだろうと思うが、昨今のいろんな事象を見るに、有害な(あるいは危険な)情報を「正しく」コントロールしたいという欲求についてはどこの国家も同じなのだろうな、という気がする。基本的に、このテのテクノロジーは実際の問題の防止にはそれほど役に立たないということは、上で挙げたシュナイアーの本でも繰り返し説明されているが、そういうこと。
一方、それに敢然と立ち向かうはずの主人公たちも、いかにも危ういところや想像力に欠けた行動があり、その結果としての想定外の事態なんかも描かれている。正直、読んでて「これは上手く行かないだろー」という手段を主人公が採ることもけっこうあるのだが、そういう場合いったんはうまく行くように見えても、けっきょくは失敗したりする。この話は、そういう面でわかりやすく直線的な話ではない。つまり主人公が一方的に正しく、勝利するわけじゃない。結局最終的にも、うーん、まあ詳しくは書きませんけど、ともかく主人公の独力で勝利を勝ち取るタイプの物語じゃないんだな。でも、これはそれでいいんだろう。どっちかというと、作中で登場人物たちが行う議論がメインの本だから。
まあ、悪くないですよ。