フェデリコ・ロージ、テューダー・ジョンストン『科学者として生き残る方法』

This entry was posted by on Monday, 30 June, 2008

科学者として生き残る方法

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「科学は本当に好きだが、家族や科学以外のいろいろなことも、同程度あるいはそれ以上に大切なので、この有意義で楽しいけれども二次的な役割を選択することで妥協する」という道筋は、意識的に選択すべき道筋だ。(中略)こうしたケースの場合、「おのれを知る」とは、自分の運命や自分本来の望みが、自分が学部生のころに思い描いていたのとは本当は異なっているのかもしれないという状況を受け入れることである。 >

そうした進路を選択し、レースを放棄してニッチを選ぶのであれば、この本には、社会学的な興味を充足するという以上の意味はない。

レースを放棄してアカデミックの道を捨てた俺がもっぱら社会学的な興味を充足する目的でこの本を読んでみたのだが、一読した結論としてはこの本は非常に素晴しいので大学院生はすべて読むべきだと思う。少なくとも理系分野なら参考になるところは多いはず。

この本は、現役の物理学者である二人の著者が書いた、アカデミックな世界のサバイバルガイド。共同研究は誰と組むべきか、論文や申請書はどう書くべきか、査読はどう機能しどう機能しないか、学会発表は何のためにあり、どう発表するべきか……そういったことがきちんと体系的に書かれてる。ま、そうやって挙げられるテクニックのたいていは博士課程にでもなれば指導教官とか先輩から断片的に学ぶことばかりだと思うけれど、まずきちんと書かれているのが良い点(実際、まえがきで著者も「もし、研究者にキャリア・エージェントやマネジャー役を務める人物がいたとしたら、本書は、そうした人物がしそうなアドバイスを要約したものだといえる」と書いているわけで)。

もちろん、そういう細かい話は分野や地域によってだいぶ変わる。本書でもたとえば北米と欧州ではアカデミックポストへの要求はだいぶ違うことが強調されるし、著者の一人は日本でしばらく仕事をしたことがあり、アカデミックポストのありようにだいぶカルチャーショックを受けたらしい。だからこの本の内容はそのままでは日本の事情にはぜんぜん適用できないわけだ。だけど、考え方はいっしょなので役立つ部分はだいぶ多いように見受けられた。

この本のもうひとつ良い点は、この本は非常に現実的なスタンスを取っていることだと思う。「そもそも研究者とは……」みたいな教条的な内容は少ない。かといって「教授の仕事は申請書を書くことだ」みたいなシニカルな視点でもない。科学者としてやりたいことは何なのかをまず見極めさせ、その上でその「やりたいこと」を具現化するために必要な作業を、それがなぜ必要なものなのか、効果的に遂行するにはどうしたらいいかを示す。査読者に対するテクニックとかそういった視点から書かれている。

終章で、そういう著者のスタンスをうまく説明している文章があった。ちょっと長いが引用。

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仕事として科学研究に従事するというのは、とても難しい活動だし、誰でもできるというものではない。この仕事は、成功に向けた固い決意、相当の忍耐、ひたむきな努力や場合によっては犠牲を必要とする。そして私たちの見解では、この仕事は、自分の仕事に対するとてつもない熱意や、その過程で必要となるさまざまな作業を楽しみながらこなしていける度量を前提としている。(中略)朝起きると、一日の刺激的な楽しみ(仕事)を思って気分がはずむ。自分が心底好きなことをやって報酬を得るというのは、得難い特権だと思う。もし、科学者という仕事に同様の思いを抱くことがないのだとすれば、先にも述べたように、別の仕事に就く方策をまじめに考えた方がいい。 >

こうしたことを十分踏まえたうえで、科学というゲームが展開される現実世界を視野に入れておく必要がある。鮫や狼がうようよしている世界でナイーブなままでいることは、極めて危険だというしかない。(中略)自分が参加しているゲームのことを理解できなければ、自分の才能を十分に開花させることなど到底望めない。

著者たちは自分のキャリアに自覚を持てという。漫然と博士号を取得するだけでは実は生き残れない。本書の議論はすべてがそこから始まっている。どういうスタイルの科学者になるつもりなのか、そうなるために必要なテクニックは何か……。そこまで考えた上で、本書に書いてあるテクニックは役に立つ。だから、本書は博士号を取り立ての若い研究者やポスドクを対象読者として想定しているみたいだけど、むしろ大学院生のうちに読んでおくべきだと思う。

そういうわけで非常に固い内容の本なんだけど、ジョークもあってわりと楽しい。たとえば予算獲得に関する説明で、予算というのは申請されたなかから「優秀」な順に選ばれることになっている、という説明をして、

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ヌード写真と同じで、何が「優秀」なのかは定義が難しいにもかかわらず、誰もが口を揃えて「見ればわかる」という

という説明には笑った。下らんが至言だなあ。

ほかにも引用したい文章はいっぱいあるのだが、とりあえずはやめておこう。こういうのが好きな人にもおすすめ。

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