『四畳半神話大系』を読み返す

This entry was posted by on Monday, 24 March, 2008

ふと森見登美彦の『四畳半神話大系』を読み返すが、やはりむちゃくちゃ好きだな、これ。なんというか心に沁み入る言葉の数々とゆーか。

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大学三回生の春までの二年間を思い返してみて、実益のあることなど何一つしていないことを断言しておこう。 >

異性との健全な交際、学問への精進、肉体の鍛錬など、社会的有為の人材となるための布石の数々をことごとく外し、異性からの孤立、学問の放棄、肉体の衰弱化などの打たんでも良い布石を狙い澄まして打ちまくってきたのは、なにゆえであるか。責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。

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おかげで私は「空気の読めない男」というレッテルを貼られた。しかしそれは誤解と言うほかない。空気が読めないのではなく、誰よりも細かく空気を読んだ上で、意図的に何もかもぶち壊していたのである。

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「僕は有意義な学生生活を送れない星のもとに生まれたという事実を前向きに受け止めております。無意義な学生生活を力一杯エンジョイしているのです。とやかく言われる筋合いはございません」 >

私は溜息をついた。 >

「おまえがそんな生き方をしているから、俺もこんなふうになっちまったんだ」 >

「無意味で楽しい毎日じゃないですか。何が不満なんです?」 >

「何もかも不満だ。俺がおかれているかくのごとき不愉快な状況は、すべてお前に起因する」

ぐっとくるよね。

この本は、『夜は短し歩けよ乙女』や『有頂天家族』にはイマジネーションにおいて負けるし、各話が微妙なラインで繋がっているのかどうかわからないという技巧においては『きつねのはなし』など後の作品ほど洗練されていないし、作者本人の体験にもとづいた当事者感覚めいたものについては『太陽の塔』ほどではない。ようするに、技巧的な面を見ると中途半端なんだけれど、やっぱりこれ、好きだ。そんで何が好きかというと、こういう言葉の数々が、なのだろう。

ところでぼくの再読とはあんまり関係なく、角川から文庫化されるのであったらしい。ぜんぜん知らんかった。いい機会なので未読の人はぜひ読んでみてほしい。面白さは保証しないけど、きっと好きな人は好きなはずだ。

四畳半神話大系

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