訃報: バリントン・J・ベイリー
うあー今年の訃報にはまだこんなものが残されていたのか……。ローカスオンラインによるとベイリーが死去したとのこと。
「好きなSF作家は?」と聞かれたとき、(相手が濃いSFの人でない場合は「知らないだろうけど」と前置きを置いた上で)わたしがまっさきに挙げるのがバリントン・J・ベイリー。享年71。わたしが管理しているcity5.orgというドメインがあるんですが、これも彼の短編集のタイトル『シティ5からの脱出』から来ています(元の短編集の表題作は Exit From City 5じゃないんですけどね)。
好きな作品はというと『時間衝突』『カエアンの聖衣』『光のロボット』といったところでしょう。この『時間衝突』ですが、「時間」というのは実は過去から未来へ波として伝わる意識のことだ、というのが基本設定になっています。なので時間遡行して過去の世界を見ると、その時点の人々はもう時間波が失なわれて意識がなく、操り人形のように生気のない状態で動いていると(というようなイメージは、『光のロボット』などにもあるように、ベイリーお気に入りのものというかテーマみたいなものなのでしょう)。さて、そうして時間遡行した主人公たちはある事実に気付きます。というのは、主人公たちが過去から未来へと意識の波が伝わっていく正面に、未来から過去に向かってのもうひとつの波が押し寄せてくる! 衝突したら大変なことになる。時間波は意識なのであるから、相手の時間波を構成する意識を全て殺せば世界は救われる、と考えた両陣営は壮絶な時間戦争(地面に爆弾を埋めて相手の時間波が到達するあたりの時刻で爆発するとか)を開始する……というストーリーです(かなりネタを割ってます)。
これだけでかなり無茶苦茶ですが、実は時間をナナメに移動して衝突を回避する斜行存在とかが時間戦争勃発を見物していたりして、すンごいのであります。
「衣は人なり」というカエアン文化が実に素晴しい『カエアンの聖衣』、ロボットに魂があるか、という問題を歪つに取り扱った『ロボットの魂』『光のロボット』、至上最強の武芸者、小姓を従え、不思議な力を持つ「禅銃(ゼンガン)」を手に入れてしまったサル!という設定だけでお腹いっぱいな『禅銃』など、奇妙奇天烈で異様でヘンテコで間違ったオリエンタリズムを混ぜることにかけては一級品だった凄い作家でした。
ベイリー様。これまでヘンな作品ばっかり読ませてもらってありがとう。あなたがいなかったら、わたしのSF観はもっと真っ直ぐだったと思う。
なお、日本での紹介は93年の『光のロボット』刊行がほぼ最後でその後はいくつか短編が翻訳されたぐらいだと思いますが、実際その後はほとんど作品を発表していない。ウィキペディアでは2002年ということになっている Sinners of Erspia(1997年)とThe Great Hydration(1998年)が十年ちょっとぶりぐらいの新作で、けっきょく長編はThe Great Hydrationが最後になってしまいました。
そういえばSinners of Erspiaはけっこう前に読んだのでちょっと紹介しておきましょう(The Great Hydrationは未読。持ってるけど)。舞台はErspiaという名前の惑星。この世界は太陽神を奉じ善を愛する光の部族と、月神を奉じる悪逆な闇の部族に分かれて争っています。光の部族に生まれ育った主人公の女性は、ある日「神なんているもんか。ただの気のせい。こんな堅苦しい部族は抜けだそう」とか恋人に誘われてのこのこと闇の部族のテリトリーに侵入、恋人はあっさり殺され主人公も囚われの身になってしまいます。そこで主人公は謎めいた「客人」と出会います。この者こそ、実は外惑星からやってきたのだといいます。
そこでこの人物に主人公は問い掛けます。神はいるのか。気のせいではないのか。答えは「います」。
実はこの世界の太陽も月も実際には人造物。それぞれの中核には精神エネルギーを投射する装置が据えつけらえていて、太陽は善の心を、月は悪の心を発信している。それらは実際に人々の心に影響を与える。それが神の正体なのだと(ちなみにこの人は銀河連邦で禅を学んでいたので精神エネルギーの影響を受けません(笑))。
なんだかんだで主人公とその人は不時着した宇宙船を修理して宇宙に脱出し、太陽と月を破壊することを試みます。結果として太陽を先に壊したところ、 Erspiaの住人はみんな心が悪に染まって争いあい全滅。月の破壊も完遂しますが、せっかく直った宇宙船も壊れ、月が投射する最後の精神エネルギーをまともに浴びた主人公は心が悪に染まりきって戻らなくなってしまいます。そしてそのまま宇宙を漂白する旅が始まる……というところで1章がおしまい(2章だったかも)。ぜんぶで10章ぐらいあります(笑)。その先も、なぜかErspiaと同じ名前でぜんぜん違う(けどおおむね似たようにヒドい)世界を訪問する話が幾度か続いて最後は創造主と対面しておしまい、みたいな感じで、オチは面白くなかったと思うんですが、ゾロアスターみたいな世界(なのです)を設定しておいて「神は実際にいて、でも本当は機械で精神エネルギーを投射しています」みたいな超即物的なところとか、いや本当にすごいよね。